2009/09/13

Olivier Py 2009-2010

劇場でLa Terrasseの10月号をもらった。

インタビューを発見したので翻訳してみる。
相も変わらず抽象的で、とりとめがなく、論理的なのか適当なのかわからない発言だけれども、なぜか苦笑してしまい、人に元気をくれるのがこの人のいいところだと思う。

彼のジョーカー、『サトゥルヌスの子供たち』は果たしてどこまで連れていってくれるんだろうか?

インタビュー:オリビエ・ピィ

《複数の自分をもつシーズン》

オリヴィエ・ピィがオデオン座のトップに就任して三期目にはいり、オデオン座を演劇の首都に変えていくなかで、ディレクターとして、また詩人として、多様な提案とクリエーションを続けている。

La Terrace (T): 『テーバイの七将』の成功に支えられて、劇場外での公演を続けるわけですね。

Olivier Py (O.P.): 『テーバイの七将』は、本当に小さなものであって、ひとつの試み、ひとつの仮定でした。どこででも上演できるように、ものすごく軽い劇が必要だったんです。しかしまた、野望としては大きな作品であるのと同じくらい、財政的には小さく済む計画が必要だったと言えます。この実験的な冒険において、僕はアイスキュロスの全作品を演出したいと思ってるんです。初めの一歩があまりに熱烈で感動的だったので、続けるしかなかったんですね。これは、アイスキュロスの中に芸術表現の対象を見出したという社会文化的な計画ではありません。むしろまったくの逆でして、このことこそが計画を成功に導いたのです。


T : オデオン座に来て以来、あなたと観衆との関係はどう変わりましたか?

O.P. : 僕は、脱中央集権化のなかで学んだものと共にやって来たのです。国民教育省や組合との関係を再活性化しなければなりませんでした。また、僕らは出版社やINA [フランス国立視聴覚研究所] との結びつきも広げました。割引料金を奨励するような価格形態も設定し、それによってこの劇場が単に消費の場ではなく、講演会や討論のある市民生活の場となるようにしています。僕は、オデオン座が本当に自己を、互いを再発見するような場であってほしいんです。アトリエ・ベルティエに関して言えば、あの界隈で唯一の文化発信の拠点であるわけですが、ここでも上演の時間外にさまざまな活動を繰り広げていくつもりです。


T : 2009-2010年のシーズンは、何らかのテーマをめぐって構成されているのですか?

O.P. : テーマごとのシーズンという考え方はいつもものごとを単純化してしまいます。それはともかく、劇場というのはひとつのスポンジで、世界の議論を吸いこむものなのです。この観点からすると、政治的な問題が今シーズン至る所に張り巡らされていると言えます。まるで今年は、世界という意識がより一層高まっているかのように。しかし極めて重要で、中心にあるのはヨーロッパ的な計画で、ディミトリス・ディミトリアディスという主要だけれども知られていない、この偉大な作家をめぐって構成されています。
僕はひとつのシーズンが、たとえば古典的な形態、規律を乱すような形態、古いものや新しいもの、ヨーロッパの作品やフランスの作品を織り交ぜた多様性に特徴づけられるようなものであるように願っているんです。


T: 今シーズンは『サトゥルヌスの子供たち』で幕をあけますね。この新作についてはどうですか?

O.P. : これは僕の呪われた芝居です。人は時として、自分自身のもっとも黒い部分に近づくことがあるものです。僕は、『イリュージョン・コミック』という喜劇から脱しました。もう笑いには耐えられなかった。

『サトゥルヌスの子供たち』は、今日のフランスにおける偶像の凋落に言及しています。この芝居はひとつの文明の死を語るのです。僕はいくつかのフランス的日常が失われていくことに、強い衝撃を受けました。それらは政治とのある関わりの消滅や、僕自身が傷つきながらも歩んできた文学というものの上に成り立つ世界の消滅を表す、時代の象徴のように思われました。このテクストは難解で、不快で、乱暴で、終末的な芝居と言えますが、陰鬱でありながらも絶望しているわけではありません。

T : それほどの暗さのなかで、希望はどこにあるのでしょうか?

O.P. : すべての惨事において、何かしら明らかになってくるものです。僕は思うのですが、ヨーロッパの未来はそのようにして、南北の対話の中にあるのです。それを僕は、『サトゥルヌスの子供たち』のなかで、老いたサトゥルヌスに束縛されない自由な後継者としてのヌールという人物に寓意化しようとしています。この芝居では、息子たちは父親とうまくいっていません。堂々巡りの世界において、彼らの関係は非常に困難なものとなり、他者を受け入れることができなくなっています。基本的には、僕はいつでも希望はあると信じています。第一に、ある人からほかの人へとそそぐ光を妨げるものは何もないからです。その次に、若さを信じなければならないからです。人は、光や若さをゆがめてしまうことはあるかもしれませんが、それを望むことは妨げられないのです。父は、息子が自分の場所を勝ち取ることを妨げないでしょう。僕らが6月に主催する、若い劇団のためのフェスティバルのタイトルは”待ちきれない”っていうんですよ!

(Catherine Robertによって記録された)

2009/08/21

皮膚感覚という信仰

ここひと月ばかりの間に、幾人かの知人と力強い握手を交わした。
別れ際のことだ。
いま、この瞬間が最後だという気がしてしまう。
相手がどう考えていようとも、こちらはなぜか常に「最後にはしないぞ」という姿勢で手を差し出しているにもかかわらず、一期一会の文字を思う。
言い方を変えれば、それでもいいんだ、という気がする瞬間である。
半泣き状態の心境でありながら、なにか確信のようなものを得た心持ちになっていることが多い。
そう、どこかで嬉しいのである。
だから泣けない。

先日、友人に誘われて青山でやっているDialogue in the darkというイベントに参加してきた。
完全な暗闇の中を、視覚障害を持つ案内人と共に散策する、というものである。
1989年にドイツで考案されて以来、ヨーロッパ各国で実施されてきたという催し。
どうやっているのか分からないが、どんなに眼を慣らしても、凝らしても、ひとかけらの光=なにがしかの影、も見えない。
自分が自分を認識できないような闇の中を7人の会ったばかりの人とグループになって歩く。
普段から暗闇がこわい、と思っていた人は、震えるくらい不安になる。
これは経験してみないことには分からないが、ふつうの人も一瞬パニックに陥る。
「声を掛け合って互いの位置を確認し合ってください」
こういう指示が最初から出ていたが、言われずとも声を出していないと、自分がいないようで非常に不安になるので、しゃべりまくる。
独り言も多くなる。が、暗闇はなぜか澄み切ったように静かなので、みんなの独り言がみんなに聞こえてしまう、という状態になる。

案内人の声に従って、(見え)ない橋をわたり、(見え)ないスイカを触り、(見え)ないベンチに腰掛ける。
近くにいると思しき同行者の手をひいて、「ここ」にスイカがあるということを触覚をもって教え合う。
「ここ」がどこなのか、「これ」がスイカなのか、そこにあるのかないのか、触れなければ分からないのだ。(「そこ」という言葉は発される意味すらない)
声を発さない物体は、触れなければ、存在しないということになる。

「触らぬ壁に語りなし」とはよく言ったものである。

視覚障害をもつ案内人は、頼れるものは「音」だと言った。
距離を測るのは音/声しかない。
しかし、眼が見えているはずの者にとって、最も頼れるものは触覚だったと思う。
傲慢であるとも、情けないとも思ってしまうのだが、触ると、「見える」気がするのだ。
暗闇にはいる前に見た、会ったばかりの人たちの姿かたち。
自分が見たことのあるような、触れたことのあるような仕方で想像されるベンチ、テーブル、グラス。
不思議なことにそこには色もついている。
触覚が「見える記憶」を喚起しているようである。

そうして、見えないイメージが眼前に結ばれると、言いようのない幸せな気持ちになる。
それがおそらく実際には違う姿であるとしても、だ。
いや、実際の姿を知らないゆえに想像の可視的世界に遊べる、というのだろうか。

このとき、声は確かに存在を示してくれたけれども、声は距離を埋めてくれない。
自分から離れて誰かがいる、ということを示してくれるのみで、完全に自分に存在を知覚させてくれはしないのだ。

一時間の暗闇散策を終えたころには、恐怖もどこへやら、見える世界が色褪せていた。
名前で呼び合ったグループの人々も、互いに姿を見られまいと(そういう感じがした)、そそくさと帰ってゆく。

暗闇のなかでは、運命共同体的なグループの結束まで感じられてしまったから不思議だ。
見えない、という状況において、演劇のひとつの理想である共同体が生まれてしまったようで、皮肉である。
誰も演じてないし、誰も見えていなかったけれど、なにか同じものを見ている感覚があったのではないだろうか。

要するに、同じものを見ていなくとも、同じ経験をしている瞬間、共同体はあるのではないだろうか。
演劇théâtreの語源と言われるtheatronとは、ギリシア語で「見る場所」であって、論文を読んでいるとしょっちゅう引き合いに出されて、まるでそれが「演劇=見る」という動かぬ証拠であるかのようなのだが、この「見る」はひとつの「経験」として考えられるべきで、具体的な対象を求めてはいけないのかもしれない。

フロイトによれば、「視覚的な印象は、分析の背後で、触覚的印象へと連れ戻されうる」という。
精神的レヴェルにおいて、「見る」は「触れる」につながっているのだ。

ものすごく面白い芝居を見たとき、離れた席にいても、間近で見たように記憶していることがある。
逆に、ものすごく狭い劇場で、至近距離で俳優を眺めていても、まるで遠い出来事のように思えることがある。(先日のAPOCシアターでのラガルス『ただ世界の終り』なんかは好例である。)

どれだけたくさんの言葉を駆使しても、どれだけ飽き足らず顔を眺めていても、触れることに敵う存在感はない。
実際の生活では、手を握ってしまえば心のうちが見えてしまう。気がする。
本当には理解できていないのだろうが、それでも納得できてしまうのだ。
いろいろな感情がふってくるのだが、それでいい、と思える。

一般的な演劇では、触れることができない。
よく観客に触りたがる芝居はあるが、触っちゃったら終わりだろう、と思う。
触れられるならフィクションは必要ないからだ。

見ることで触れさせてくれるような芝居に、今後もっと出会えることを願うばかり。

そういえば、握手してくれた方々はすべて演劇人であった。
触れてはならない身体とつき合っている人々の握手は固い。
しかと受け取りました。

2009/07/25

ぶらり音楽会

炎天下、世田谷美術館のヴァイオリン・リサイタルに行ってきた。
ヴァイオリンは斎藤咲恵、ピアノは原田恭子のプラハ音楽留学二人組。

世田谷美術館の無料コンサートは、前回痛い目にあったのだけれど、公園の緑を眺めつつぶらりと立ち寄って、ほのぼの音楽鑑賞できるというのが良い。
・・・と思っていたら、今回の腕前は段違いだった。
ヴァイオリンはチャリティ・コンサートどころでなく、ホールで十分通用する迫真の演奏で、ひさびさに鳥肌が立った。

プログラムは全てチェコの作曲家を集めてあり、ドヴォルジャーク以外は初めてだったので新鮮。

Jan Ladislav Dusik(1760-1812):Sonata op.69, no.1
リスト・ショパン・スメタナなどロマン派の先駆者で、古典とロマン派の中間にあるピアノ奏者兼作曲家。
曲は古典らしい明るさと、チェコの民俗音楽の要素が散りばめられている。
ソナタ第三楽章のロンドでは、明るく軽快なポルカのリズムを刻む斎藤さんの微笑のうかんだ顔を見てるだけでウキウキしてくる。
リズム感覚が鋭く、難しい部分をこそ楽しんでいる様子が伝わってきてすっかり乗ってしまう。

Bohuslav Martinu(1890-1959):Sonata pro housle a klavir no.3
チェコとパリで音楽を学び、その後アメリカに移住、著名なチェコ人の例にもれず故郷に帰ることのできなかった一人。
作曲は、やはり!と思わされたが、ドビュッシーに憧れて渡ったパリで、ルーセルやフランス六人組、ストラヴィンスキーの影響を受けているようだ。
無調な感じといい、夜を思わせる神秘的な雰囲気といい、なにしろ印象主義っぽい。
すぐにCDを探したくなる久々のヒットだが、生演奏ゆえのパフォーマンスが重要な曲ともいえる。

ヴァイオリンとピアノの激しい対話が続く第一楽章のあと、第二楽章に現れるチェコの憂愁のメロディが夢のなかで辿り着いた故郷、という感じがして心を揺さぶられる。
留学中にこんなの聞いたら泣いてしまうだろう。
ピアノとヴァイオリンの一騎打ち、とでも言えるような鋭い掛け合いを演じる二人を見ながら、チェコでの音楽留学生活の密度を想像してしまう。

ヴァイオリンの斎藤さんは、オーストリアでのボフスラフ・マルチヌーコンクールで3位入賞、イタリアのアルスノヴァ国際音楽コンクールで優勝、と実力派らしいが、世田谷美術館の無料コンサートにだって一ミリも手を抜いていないのが分かる。
配布された曲目解説も入念に聴きどころが紹介され、近所のおばちゃんや野球帽のおじちゃん相手に真摯に、かつプロのプライドを持って向き合っている。

Antonin Dvorak(1841-1904): Sonatina op.100/Romance op.11
ロマンス作品11のピアノがオルゴールのようで素敵。
この曲は、弦楽四重奏第5番へ短調、op.9、B.37の第二楽章をもとにヴァイオリンとピアノ伴奏用に編曲された。
ドヴォルジャークが結婚前にアンナ・チェルマーコヴァーへの恋心を歌ったものらしく、繊細な動きと情感あふれるメロディが印象的。
斎藤さんはトリルや装飾音をものすごく正確に美しく弾くが、意外にロマン主義的な陶酔感で歌うことは少ない。きりっと冷静なのだ。

Otakar Sevcik(1852-1934): 1. Holka modrooka z Ceskych tancu a napevu
(オタカル・シェフチーク:チェコの踊りと民謡より 第一番”青い目の少女”)
プラハ音楽院の伝説的教師、その教則本はヴァイオリン奏者必携、らしい。
ヴァイオリン未学習者には、どうなっているのかさっぱり分からないような超絶技巧が散りばめられた曲。
楽器のあらゆる可能性を試されている、という事実だけは、はっきり分かる。
そして奏者がかなりの技術の持ち主だということも感じられる。
ピチカート好きとしては実に楽しい逸品だが、分からないなりにもフラジオレットなどは聞いていてハラハラするので、ちょっと心臓に悪い一品でもある。

日本では難解な曲はコンサートで演奏しても客が集まらないという事情があるらしく、どうしても誰もが知っている曲を聴くことになる場合が多い。
そんな中、新たな発見をくれたチェコ一色コンサートはなかなか貴重かもしれない。
室内楽用の平坦なホールで距離感がないのも好もしい。

地域のコンサートは、7月あたまに成城ホールでしっかりお金を払って聴いたギター×ヴィオラ×フルートの演奏のようにフワフワーっとなんとなく「地域住民とともに良い休日を過ごした感」を与えてくれるものかと思っていた。
が、こんなに気合の入ったものを聴かせてもらえる時だってあるのだ。
いつでも本気でいなくちゃ駄目なのだ。

2009/07/17

プロペラ

一週間以上前になってしまったが、8日は東京芸術劇場でプロペラを観た。
野田秀樹の芸術監督就任の記念公演第一弾。
演目はシェイクスピア『夏の夜の夢』。
演出はエドワード・ホールで、15年来の野田の友人だという。

男ばかりの劇団で、ワイワイ・ガヤガヤ踊りながら古典の読みなおしを図る・・・
そういう触れ込みだったと思うのだが、意外や意外、とってもお上品な仕上がり。
むさ苦しい体つきの男性陣もいるけれど、パック役・タイターニア役の彼らは綺麗な足をしていて、それなりに可愛らしい。

しかし上品なのは、そういった見かけとは恐らく関係ない。

まず、効果音が生であること。
要所々々で、全員が小さなハーモニカをくわえて吹きながら移動する。
いろんな音階を大人数で一度に吹くので、ざーっと風が通り過ぎたような感じになる。
音って空気だなあと思う。
もうひとつ、舞台装置の奥、左右にグロッケンシュピールが配置されていて、何人かの俳優がこっそり簡単なメロディを奏でたり、「魔法が解けました」と言わんばかりに、チロリーン、と鳴らしたりする。
これは非常に爽やか。
おとぎの国の雰囲気が漂ってくる。
合唱の部分もあるが、誰もつぶれたような声を出したりしないので快適。

もうひとつは、動きがしなやかであること。むやみにバタバタ動かない。
びっくり箱のようなものからパックのしましまタイツが出てきて、ひょっこり登場する様子なんか、音もたてずにやってのけて、さすが妖精、という具合だ。
ひとりひとりの演技レベルが高いのだろう。

・・・
・・・
・・・でも、

でも、それしか覚えていない。

2階席で遠かったのがいけなかったのかもしれない。
芝居がかった同時通訳をたまに聞いてしまっていたからかもしれない。
あるいは上手にできすぎていて、粗忽者は妖精の国に入れてもらえなかったのかもしれない。
はたまた、英語のリスニング能力が低すぎたのか。

ものすごく遠ーい出来事なのだ。

ひとつだけ分かる理由は、丁寧さ・こまやかさの素晴らしさ(ほんとうに素晴らしいと思う)と引き換えに、テンポが遅いからだということ。
面白いことを言っているのに、間があきすぎていて、笑うタイミングがつかめない。
英語を聞かずに、イヤホンの通訳に聞き入っている観客が3分の2ほどいるから、すっかりタイミングもずれて、なおさら誰も笑わない。
これは悲しい。

他にも理由はあるかもしれないが、舞台と客席の間にあそこまで厚い壁がある『夏の夜の夢』というのも不思議だ。
パリのアトリエ・ベルティエでの公演なんかは観客に混ざりたくて仕方がない、という演出だった。

いつかもう一度、本拠地ウォーターミル劇場で観てみたい。
絶対に、どこか違った高揚を感じられるはずだ。

2009/06/14

週末ハシゴ=静岡+中野

あまりにも久しぶりに観劇。
生気がよみがえる感あり。

13日、SPACの春の芸術祭、”週末ハシゴ”なるものに則って三演目を観る。


①『半人半獅子ヴィシュヌ神』
ゴーパル・ヴェヌ率いる一座によるインドの古典舞踊クーリヤッタム。
今回はその一分野であるナンギャール・クートゥーで、演奏者のほか演じるのは女性一人である。

ヴィシュヌ神顕現のお話を体、手、眼で語る。
何役も一人で表現するが、表情、仕草が端的に誰を体現しているのかを示している。
女神の慈愛のほほえみ、魔王の尊大な居姿、敬虔な息子の低姿勢。
ヴィシュヌ神の飛び出た眼と全身の痙攣。血走った眼がぎょろぎょろと動くのは、魔王よりも獣らしい。
象に蛇に、次々と言葉もなしに役を演じていく。太鼓のリズム・強弱がそれに応じる。


時折、場面解説に字幕が出たが、どうもしっくりこない。
何もなければ分からない部分もあるかもしれないが、至極単純な話であり、始まる前にゴーパル・ヴェヌ氏が説明をしてくれたものなので、なんとかなる程度でもある。

質疑応答で「動作には手話のように意味があるのか」という質問が出るほど意味深長な動きは、カピラさんの応答では「手の動きには文法さえあって、全てのセンテンスを語ることができる」そうだから、インドの人々には言葉のように動作を読むことができるのかもしれない。
でも日本語の電光掲示板が、素晴らしい清浄な空気を持つ”楕円堂”に溶け込んだカピラさんの神聖さを損なってしまった気がしてならないのですが・・・


印象的だったのは、ポストトークに出てきた時のカピラさんの女性らしさ。
かわいらしい、とさえ思ってしまう。
体の大きさが違って見えるほど、神々を演じている間は中性に近づいているのだろう。
舞台をあとにする際の小さな祈りにも、感銘を受ける。
剣道場を後にする真摯な中学生のようにひたむきだ。
このように舞台に接する人を見ると、なぜか救われた気持ちになってしまう。




②『ブラスティッド』
サラ・ケインのデビュー作、1995年初演。
今回は、フランス人ダニエル・ジャンヌトーによる演出に、SPACの俳優陣が出演。
過剰な性描写、狂気、暴力を扱った恐ろしげなるものと思っていたが、意外とそう恐ろしくもなかった。
・・・どこか空々しいというか。
翻訳劇は某大先生の仰る通り、どうしてもそうなる運命にあるのでしょうか。

一方で生々しさの緩和は、たしかに雨の音と、布施安寿香の非現実的な声の作用でもあると思う。
こういうさわさわと響いている音が、何かヴェールのように舞台の陰惨さを包んでいる感じがして、図らずも心地よい感じがある。


気になったことは、兵士が入ってきて「爆破され」たあと、場面が大きく変わる際の場面転換。
暗転している中、係りの人が本当に文字通り「どたばたと」入ってきて、冷蔵庫を倒したり、灰を撒き散らしたり。長々と準備をしている間がもっていない感じがある。
もし、この「どたばた」が部屋をめちゃくちゃにする暴力的な力を表現する一端を担っているなら、冷蔵庫ひとつ、安全な方向に投げつけるくらいの勢いでやってほしい。
慎重にコンセントにつないでいる様子は、とてもこのような意図があるようには見えない。
もし、単に大急ぎで大きく場面転換をしたのなら、暗転する意味がないほどうるさい。
暗闇のなかとはいえ観客には見えているし、人々の統制されていない息遣いだってわかってしまう。
この目の覚めるような「現実らしさ」に引き替え、次の場面の「陰惨さ」はなんと空々しいことか。

ローラン・ペリエのシャンパンは、空けた途端に会場が酒臭くなって、何本も吸った煙草の匂いと相まって、匂いの演出をしていた気がします。
舞台と客席の間に敷居がなく至近距離で見るBoxシアターならでは?




③『プ・レ・ス』

フランス人、ピエール・リガルによる振付・出演。
400mハードルの選手に、ドキュメンタリー・フィルムの作成、という面白い経歴の振付家。

もっとも、すべてが上演に活かされている。
暗闇に浮き上がる長方形の枠のなかで(=切り取られたフレーム)、足の関節が電気スタンドの首の部分と重なって、バネのように見えてくる振付(=運動原理の追求)。
人間の有機的な身体が逆に機械を模倣しているという印象を植えつける。

どんどん縮小するフレーム内の空間に、半狂乱で跳ねまわるシルエット。
「カフカ的だ」と指摘した観客がいたが、羽がもげたり首がとれてもなお蠢いているような虫を連想させもする。

本来なら逆立ちしているだけなのだが身体の安定性で、天井と床の反転が起きる。
意味の逆転した世界で、虫になり、機械になった人間がネクタイを直し、煙草を片手にポーズを決める。思わずふっと笑ってしまう。
こういう滑稽さは初期のベケットとも通じている。
パイプ椅子の背もたれに頭から突っ込んで三点頭立のようなポーズを決める姿が、どうしてもマーフィーを彷彿とさせる。
揺り椅子に縛り付けられた身体、揺らしすぎて顔面からすっ転んだまま静止・・・
『プ・レ・ス』はロンドンのゲイト・シアターに委嘱されて作ったものだというが、このユーモアの感覚、ダンディズムはまさにロンドン流、ということか。
『マーフィー』もベケットのロンドン滞在をもとに書かれていた。



静岡から帰って翌14日、中野テルプシコールで『幽霊三重奏 テレビのための劇』、『あたしじゃないし、』を観る。佐藤信の鴎座協賛のプロジェクト、「ベケット・カフェ」の第二弾。

①『幽霊三重奏』
翻訳は早稲田グローバルCOEのベケット・ゼミの諸氏。
鈴木章友による演出。

地続きの舞台と客席の間に薄青い紗幕。ここにカメラをとおった映像が映される。
と同時に、透けて見える向こう側の”本物の”舞台で、”生中継”のようにカメラマンが男を撮影している。
テレビ劇なので「ほんとうは舞台でやっちゃいけないと思うのですが」と言う鈴木章友だが、これはこれで主観の多重性が感じられて良かった。
もとは想定外だったようだが、場面を映し出す紗幕が風に揺れているのも、カメラを通した画面の有機性、裏の生の舞台の無機性という対立が感じられて面白い。

パリで最近いくつかベケット作品を演出したBernard Levyも紗幕にテキストを映す演出をしているが、本来の劇が始まると紗幕があがってしまう、というのはいただけないと思っていた。
紗幕越しに見るベケット劇、というのは悪くないと思う。
後期テレビ作品の上演には向いているかもしれない。

宮沢章夫が来ていて、「窓」が窓じゃなくて扉なのはナゼだ、とつっこんでいた。
さらにひとこと全体の感想、「これは窓じゃないって感じ」。
面白いけれど、これじゃない、ということ。
この感想は普段のしゃべり言葉に訳されたNot Iに関するものだったような気がする。

②『あたしじゃないし、』
岡室美奈子による翻訳、川口智子演出。

「出ちゃった!」で始まる今回の上演のための新訳。
話を立ち聞きしていたら、岡室氏によれば「翻訳は使い捨て」だということ。
オカルティズムを研究する自らを茶化して「霊媒翻訳者」と書いているが、彼女の口を通した言葉の響き、リズムは意外にも心地よく(?)怒涛の流れをなしていた。
「・・・てかマジで?うそだよ、そんなわけないじゃん」(と本当に言ったかどうか忘れてしまったが)などという”貧相な言葉”(と誰かが評したらしい)がズラズラと降ってくるのだが、本当に意外なことに不快ではない。
山下順子の声の切れの良さもあって、むしろテンポ良く、テクストの味が感じられる。
BBCで放映されたヴァージョンの印象に近い。

反面、演出。
勢い込んでしゃべっている動きがばれてしまうゴミ袋のドレス、カツラは余計だとしか言いようがない。
対話を意識したというが、「口」と「聞き手」の間に数メートルもない正面切った関係性、というのも考え難い。その上、「聞き手」に終始明るいライトが当たっているのもなあ・・・

狭い空間で演じるからこそ、もっと薄暗くて良かったのではないか。
この明るさは、「ベケットは抽象的で難解で高尚なもの」では”ない”とする岡室氏の意向もあるのか・・・

それぞれ分解してばらばらに配置しなおしたら、すごく良いもの、というか、「これだ!」になる気がする。